機械式時計を末長く愛用するために欠かせないもの。そしてーわかってはいるけれど高いし出すのが面倒だしできればなくなってほしいものーそれがオーバーホールではないかと思います。

そんな忌々しくも欠かせないオーバーホールについて「そもそもオーバーホールとは何か?」「なぜ必要なのか?」「どのくらいの頻度で行えばいいのか?」をまとめてみました。ご参考にして頂ければ幸いです。

目次


オーバーホールとは何か?

腕時計におけるオーバーホールとは「点検・分解洗浄・組立整備」のことを指します。メイン作業である「分解洗浄」と呼ぶ場合もあります。

英語ではOverhaul。綴りはhaulであってhallやholeではありません。「over」+「haul(運搬する、強く引く等)」から成り立っており、もともとは航海用語でロープを検査のために引っ張るといった意味から転じて「修理のために徹底的に調べること」を指すようになりました。略してOHと表記したりもします。

すごく大まかに言うと、「機械をバラバラに分解して悪いところを見つけて修正し本来の性能に戻す作業」と言えるでしょう。

ただしアンティーク品で傷みが激しい場合は「本来の性能に戻す」ことは難しい場合も多いです。アンティーク品に関しては「本来の性能を引き出しなるべく近づける作業」といったイメージをお持ち頂ければ幸いです。


なぜオーバーホールが必要になるのか?

今後の機械式腕時計において画期的な発明があるとればその1つは間違いなくメンテナンスフリーの機械式時計の登場が挙げられるでしょう。つまり、オーバーホールを必要としない時計です。

今はまだ夢の段階ですが、そんな画期的な機械式時計を実現させる鍵を握るのが、劣化しない潤滑油の開発です。裏を返せばこの潤滑油の劣化というものがオーバーホールが必要になる大きな理由でもあります。

↑SEIKO Cal.Marvel(機械式手巻)
↑ROLEX Cal.3185(機械式自動巻)
↑OMEGA Cal.861(機械式手巻クロノグラフ)

上記一番上の画像は手巻時計の内部機械(ムーブメント)です。機械式時計の中ではもっともシンプルな構造です。 2番目は自動巻、3番目は手巻クロノグラフのムーブメントです。

機能によって部品の点数は大きく異なりますが、直径わずか数センチの世界で様々なパーツが絶妙なバランスを保って稼働しているのが腕時計のムーブメントです。

そして、その絶妙なバランスを保つのに欠かせないのが潤滑油。歯車の軸と軸受や金属のパーツ同士が擦れる摺動部を中心にそれぞれの特性に合わせた潤滑油が注油されています。その数は数十カ所以上に及びます。

この潤滑油がひとたび劣化してくるとパーツの摩耗が進み全体のバランスが崩れて精度や機能に影響を与えてしまうのです。それゆえに(今のところは)定期的なオーバーホールが欠かせないとされています。

その他ゼンマイ切れやパッキン類の劣化、ねじ込み式のリューズがねじ込めなくなる等潤滑油以外の要因からオーバーホールが必要になることもあります。


オーバーホールの頻度はどのくらい?

オーバーホールが必要なのはわかったけれどもその間隔はできるだけ長い方がいい。ほとんどの方はそう思うのではないでしょうか?筆者もユーザーの立場ならそう思います。一般的には4、5年に一度とされることが多いですが、厳密に言えば潤滑油が劣化しはじめた頃がオーバーホールを検討する時期と言えるでしょう。

同じ機械式時計でも現行品とアンティークではアンティークの方がオーバーホールの間隔は短くなる傾向にあります。防水性が失われていることが多いアンティークの方が潤滑油の劣化要因となる湿気の影響を受けやすかったり、そもそものパーツの摩耗度合いが異なり影響が出やすいためです。

↑UNIVERSAL Cal.1-42
↑OMEGA Cal.564

では具体的にどのくらいの頻度で行うべきかについては大きく3つあると考えています。

1つは単純に時期で区切るものです。例えばアンティークの自動巻なら3年、手巻なら4年、現行品の自動巻やクロノグラフなら4年、手巻なら5年といったようにそれぞれのメーカーが推奨している時期で区切れば間違いはないと思います。

もう1つは潤滑油が劣化しはじめた兆候を感じた時です。

潤滑油が劣化してくると多くの場合は精度が遅れに出てくることが多いです(進む場合もあります)。遅れと言ってもわかりやすい遅れだけではなく、これまで日差20秒程度進んでいたものが5秒程度の進みになった場合、一見精度がよくなったように感じますが実際には遅れが生じています。

また、リューズによる巻き上げが重くなったり、ゴリゴリと異音がしたり、自動巻の場合では巻上効率が落ちて止まるのが早くなった場合は潤滑油が劣化しはじめていると判断していいでしょう(既にパーツが破損してしまっている場合も稀にありますが。。)。

この時に大切なのはご購入時やオーバーホール後の精度や状態をきちんと把握していることです。

↑TAG Heuer Cal.5

3つ目は、不具合が起きてからオーバーホールに出すことです。

一見乱暴に聞こえるかもしれませんが一定の条件下ではこの方法が当てはまる場合があります。

その条件とは、今のところはまだ少ないですが、お持ちの時計のメンテナンス方法がオーバーホールではなくムーブメント交換となる場合です。

通常、一般修理店の価格よりもメーカー修理価格の方が高い場合が多いですが、逆にメーカー修理価格の方が安い場合はその可能性があります。

そのためご自身の時計のメーカーにおけるメンテナンス料金がどのくらいか一度把握頂いた方がよいと思います。どのみちムーブメントそのものを交換するのであれば支障なく稼働しているのにメンテナンスに出すのは逆にもったいないのかもしれません。ただし外装パーツに不具合があると余計に料金がかかるためその点はご注意ください。

↑OMEGA Cal.1152

故障してからではダメなの?

交換パーツの価格がそこまで高くないムーブメントによっては故障してからでもいいという考え方もあるかと思います。

通常のオーバーホール間隔が4年とすると、2回分にあたる8年経過してオーバーホールに出したとしても交換パーツの料金が1回分のオーバーホール料金を上回らなければその方が金額を抑えることができます。それどころか実際に15年オーバーホールしなくてもパーツ交換なしという例も結構あります。そのためまったく否定はしませんが、そうした例がある一方あまり時間が経過するとリューズ等外装パーツからダメになることが多いです。メーカーによっては既に入手できなかったり、ムーブメントパーツよりもずっと高価だったり、ケース交換するしかなかったりかえって大変になります。

また意外と怖いのがブレスの不具合です。長い間洗浄していないと汚れが詰まったり内部で錆びが進行することで急に破断して時計が落下してしまうことがあります。ガラスが割れたり歯車が折れようものなら最悪です。

よって末永くご愛用頂くためにあまり期間が空いてしまうのは修理の立場としては声高にオススメすることはできません。

↑ブレスクラスプの不具合

腕時計のオーバーホールは車検のイメージに近いと喩えられることもありますが、車検と違って法的な強制力もなければ命に関わるものではありません。

それゆえにオーバーホールに出すタイミングがなかなかわからない方も多いと思いますが、ベストなオーバーホールはパーツ交換がなく済むことです。そのためには割り切って年数で区切ってしまうか、明らかな不具合が出る前のちょっとした違和感に気づいた時に行うのがやはりオススメということになります。